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by ninpu_ninjya

■「SPAC-静岡県舞台芸術センターを批判する」を書いてすでに半年近く経過しているが、ひとつ懸念が残ったままだった。近年のSPACの劇場プログラムの方針であるとぼくに思える多文化主義と教養主義を批判したわけだが、それは誇張なしにぼく自身の実感にそくしている。ただし、その批判は、ぼく自身の社会思想的立場からなされたものではない。つまり、多文化主義の反対に日本文化の固有性を重視しろとか、教養主義の反対に経験的現実を反映した作品を上演しろとか、そういう主張なのでは必ずしもない。おそらくは理解されにくい、その微妙な批判的感性の根拠が、うまく言葉にされておらず、内容に欠落があるという懸念があった。なんらかの補足をする必要を感じていたが、最近になって言葉がようやく見つかったので、忘れないうちに書く。■さきにことわっておきたいのは、主論にあたる前回までの記事では制度論が中心になったが、この記事は演出論や演技論に関わる内容によって展開する。本来ならばこの補論のほうが演劇批判としては主論に位置する内容かもしれない。言葉がやってきた順に書いたらこうなったというまでで、とくに他意はないのでご容赦を願いたい。■さて、補論に入る。着地点は同時代性である。この概念を説明する前おきとして、長い迂回になるが、ぼく個人のSPACとの、というより正確には演出家宮城聰と劇団ク・ナウカとの関わりをあらためて書いておきたい。ぼくの視野に入った範囲で、宮城聰のSPAC芸術総監督就任以前から現在のSPACでの活動までを、演出論および演技論の観点からふりかえることで、その変化をとらえ、ぼくが感じているSPACの多文化主義と教養主義への不満をより明確にしたいのである。■ぼくが大学入学し上京したのは2004年で、演劇を観劇しはじめたのも同じ年。直接の要因は大学で出会った英文学者香西史子先生の影響だったが、むさぼるように劇場通いをはじめたのにはべつの理由があった。本州最西端の地方都市で育ったぼくは高校卒業までまともに本を読んだことはなく、文字言語に疎遠で、方言による濃密な音声言語の息づいた環境に自己意識を埋没させていた。文字言語に疎い音声言語の支配する空間は情動と意志の空間で、その言語特性は建前の合理性を前提にされた近代社会において遺制とさえされるものだったかもしれないが、ぼくにとってそれと気づかないほど身近な性質だった。音楽を志していた関係で、音こそ何よりの実在だという世界観を内在化するにいたっていたためか、おそろしく感情共振の敏感な性格に育ち、詳しく書かないが、高校時代にその決定的破綻を迎える。逃げだすように上京したのち、自己意識の覚醒のため分析言語へ向かった。文字言語を渇望すると同時に、西欧古典音楽のもつ「深い」感情性が身体のなかにいやおうなく感情を創造すべく侵入してくるのを自己意識の覚醒によって否定した。西欧古典音楽しか聞くことのできなくなっていた聴覚を破壊するには、毎日ラジオの前に座り、ランダムに流れてくるポップスやジャズの、ぼくには決してわかりやすいものではない、不快ですらあった情緒に、身もだえしながら慣れようとさえしなければいけなかった。そのあたりから音楽大学に通っていたにもかかわらず、ほとんど音楽不感症になり、分析言語へ過剰に傾斜していくなかで、演劇に出会ったのである。その出会いは、いま思いかえせば、上京後のひとり暮らしのなかで環境的にも自覚的にも遠ざけた、音声言語による情動と意志の支配する空間の、都市化されていっけんそう見えない代替物を無意識に求めた結果だった。■演劇は生身の身体から発話される音声言語によって成立している。劇場という固有の場所に集まったひとたちと空間を共有するという意味で、単身都市生活者には都合のよい共同性を与えてくれるわけである。宮城聰の主宰するク・ナウカの活動は当時の東京の演劇シーンのなかでは異彩を放っていた。それはおそらく日本の伝統を思わせる固有の文化に所属した身体を基礎に現代演劇を行う劇団がすでに(あるいははじめから)ほとんどなかったからである。能、狂言、文楽、歌舞伎といった伝統演劇は各所で上演されていたが、現代演劇の分野で伝統的身体を基礎としながら伝統との差異を多様に生みだすような演劇活動はほとんど見あたらなかった。土着性といってよければいくつかの舞踏集団ではまだその感触は完全に失われていなかったが、すでに21世紀に入っており、ク・ナウカも含めて、その特質は方法論として創造された感触だったに違いない。ク・ナウカは1990年に結成されているから、ぼくが見はじめた2004年までにすでに14年の蓄積があり、2007年に宮城聰のSPAC芸術総監督就任によって活動休止するまでの4年間は、劇団活動の成果が結実していた成熟期と考えることもできる。ぼくはその成果の著しい時期にたまたまク・ナウカに出会ったのだった。■ク・ナウカの特徴として特筆すべきは、動く俳優と語る俳優をわけた二人一役の手法だった。「文楽を現代演劇化した」とか「歌舞伎の人形ぶりを突きつめて方法論化した」とか「無声映画の語りと動きの分離を参照した」とか、各方面で色々に形容されてきたこの手法によって、演劇の音声言語は特異な効果をあげていた。動く俳優と語る俳優をわけたために、音声言語は純粋に音声言語として語られ、その情動と意志を解放することができる。ギリシア劇にならって「コロス」と呼んでもいいような複数の語りによって音声言語の背景にひろがる共同性を具現化した演出は、個人に帰属しない形態の情動や意志のありかを、劇場空間に、乱雑に、しかし実は創作として統制された効果として、成立させていた。演出であるかぎり統制されているのは当然だが、より注目したいのは乱雑と感じられかねない、その自然発生の質感である。演出の統制を超越して自然発生的に、言いかえれば超越した暴力として、音声言語の背後にひろがる共同性の質感を屹立させることができたのは、濃密な集団性を前提に不可避的に醸成される共有の無意識とでも呼ぶべきもののなせるわざだったろう。いっぽうで、音声言語による共同性は、動く俳優の身ぶりとの差異によって、空間処理の視覚的帰結として絶えず互いに異化されもする。そのことによって、ぼくの性分からいって劇場空間の共同性に身をゆだねやすい、聴覚と視覚の劇的対立を基礎にした構造的な方法論だったともいえる。劇団活動以前はひとり芝居を行っていたという異能的才能が演出家として集団に夢見た20年近い蓄積の最後の閃光をぼくはそのとき見ていたのである。■さきに書いたように、上京によって失った音声言語による情動と意志の空間を、代替的に演劇に求めていた当時のぼくにとって、その共同性が、超越した暴力(共同体的なものの代替として)と、劇的対立の構造(個人的な性分との相性として)によって成立していたのは、都合がよかったわけだ。■2007年に宮城聰はSPAC芸術総監督に就任し、ク・ナウカは活動休止する。SPACへ移った劇団員もいたが、SPACにはそれ以前から在籍している俳優やスタッフもいる。ク・ナウカの劇団活動によって蓄積された集団性はいったん放棄された。ぼくが大学を卒業し、SPACへ入ったのは2009年である。宮城聰のSPACでの演出は、二人一役の手法を禁じることからはじまっていた。つまり一般的な現代演劇の演技と同じように、一人の俳優は語りもするし動きもする。ここで音声言語は、情動と意志の解放を封じられ、共同性の支配しうる空間の濃密を失って、一個の身体のなかで身ぶりによってその威力を統御されるのは、方法論上の必然だった。棚川寛子による音楽が空間の聴覚的共同性を形成するのに効果を発揮したが、そこでは、俳優の一個一個の身体のうちに閉じこめられた音声言語の個体化された情動と意志との関係ではなく、音声言語の表層の律動との関係に演出の力点が移行しており、例えば歌舞伎における義太夫と役者の関係のように、音楽と語りを繊細に洗練させていくようにぼくには感じられた。音声言語の表層の律動と音楽の兼ねあいによって劇場空間の共同性を生みだすだけならば、音声言語の情動や意志を個人を超越して解放することはできないし、それ自体を異化する聴覚と視覚の劇的構造は形式的根拠を失い、手法の必然として劇的構造自体をべつに求めなければならないのだが、その妙案が提出されているとは思えず、結果的に、子どもだまし的な意味でのパッケージ化された「音楽劇」の範疇に容易におさまりうる危険を抱えこんでいた。■べつの言い方をすれば、反リアリズムの方法論を追求してきた宮城にとって、二人一役の手法を禁じることは、俳優個体の身ぶりによって音声言語の意志や情動が統御されるため、音声言語の表層的な律動に頼らざるをえなくなるのである。宮城の追求してきた演技論はリアリズムのように俳優の個体に自己の内面や主体を想定しないから、二人一役という語りと動きの分離を禁じれば、自己の内面の乖離を想定できず、劇的構造を支える分裂する支柱を前提できないため、もっぱら物理的な動きと音に還元できる美的操作こそ演出の本質になってこざるをえないのだ。その次元で戯曲の物語性を裏づけようとすれば、子どもだまし的な幼稚な結果を生む可能性のほうが高い。■そのことはおそらくSPAC時代に入って数年間の宮城にとって創作上の困難だったし、俳優たちは構造的に設定されない劇的対立を求めて各々のやり方で自己の内面を発見しようとしていたとも思う(念頭にあるのは2009年『夜叉ヶ池』のたきいみき、2010年『ペール・ギュント』の武石守正)。演出家自身は満足のいく成果を残せていないと感じていたのではないか。そう推察するのは、ある時期から、二人一役の手法を解禁し、ク・ナウカ時代の盟友たちをキャスティングしたり、ク・ナウカ時代のレパートリーをSPACでも上演するという回帰的な方針転換をしたからだ。2010年『王女メデイア』(ク・ナウカ初演1999年)、2011年『天守物語』(初演1996年)、2012年『マハーバーラタ』(初演2003年)はク・ナウカ時代に制作された作品である。2014年のフランス・アヴィニョン演劇祭での『マハーバーラタ』の成功はSPAC宮城時代の大きい成果になったが、この作品がク・ナウカ時代にすでに制作されていたことは見逃せない事実である。■この間にも回帰路線とはべつに宮城は意欲的に演出作を手がけてきたが、二人一役を禁じるという方向で手法上の進展をどれだけ残せたかを考えるとき、積極的な可能性の萌芽はおしなべていちど放棄された集団性の変形された回帰としてやはりとらえることができるのである。■2011年から2012年にかけて「弱い演劇」を標榜した『グリム童話』シリーズでは、ク・ナウカ時代からの盟友美加理の起用によって、超越から個人の身体への音声言語の到来が試みられたが、その超越性自体、集団性の蓄積を前提した共有の無意識がなければ成立できないため、大筋では物理的な動きと音に還元できる美的操作の演出の範疇から抜けだせなかった(ただし2012年にSPACの劇団員に不幸が重なり、その悲痛と悔恨は臨時的であっても鮮烈な共同性をもたらし、2012年『グリム童話~本物のフィアンセ~』に隠しようもなく顕在化していたと書いておかなければならないが)。■記憶では2011年『真夏の夜の夢』あたりから頻繁に使われはじめた「祝祭音楽劇」という形容は、その後、2014年『マハーバーラタ』のアヴィニョン演劇での声明文における「「天」に対しての約束」へいたるまで底流する、超越への捧げものとしての演劇行為を表面化させたが、これはより直接に劇団の集団性を復元するために、よりどころとしての超越性が求められた結果だと考えることができる。しかしその超越性によって具現化される情動と意志の空間が異化を必要としないほど安全無害の共同性でしかないのは、大衆性を意識した演出家の配慮によるものだろう。■さらに2013年『黄金の馬車』で、宮城は劇中劇として古事記の神話を神楽や村芝居を思わせる素朴さで演出しており、この古事記パートは、その後も単独で、野外パフォーマンスなどの小品として上演されている。みずから封じた過去の手法上の成果が無意識で変形して回帰するように、古事記の音声言語化という歴史の超越に傾くのである。しかし観客の層として神楽や村芝居のような濃密な地域共同体を前提しているわけでなく、歴史の超越といっても古語の音声言語化は記号的意味を脱しておらず、空虚なアナクロニズムと評価せざるをえない。この試みは、神話を国家規模の大きな共同体に都合よく利用されないための先手でもあり、表現の成果とはうらはらに、日本では先駆的な劇団つき公共劇場の、制度にのまれることを運命づけられた演出家としての、動機の異様な反骨精神と表裏一体化した引きうける態度を感じさせはした。■いちどは放棄された集団性の変形された回帰として、超越性を志向する「弱い演劇」「祝祭音楽劇」「神話への傾斜」が発展したわけである。■転機は『マハーバーラタ』の成功を待たなければいけない。ようやく目に見えるかたちで評価されることになった演出家は手法上の挑戦に乗りだす。これも論理的な必然とぼくには思われるが、反リアリズムにこだわってきた宮城がついにリアリズム路線に踏み出したのは、2015年『メフィストと呼ばれた男』であった。二人一役を禁じれば、物理的な動きと音声の美的操作に集約される、反リアリズムの演技論では届かないところへ手をのばすためには、俳優の身体に内面を想定しなければいけなくなったのである。身ぶりと音声言語は、登場人物の自己の内面を想定することで、虚構の主体との距離において、個体のリアリティをともなう微細な情動や意志を仮構することができる。器用な俳優たちによってたしかな上演の成果をあげていたが、初の試みでもあり、俳優たちの演技の質のあいだにリアリズムの方向性におけるムラがあったのは否めない。そのうえ演出家の文化的出自としての60年代演劇が仮想敵にした新劇と原理上近しい位置へと時代を逆行したことにもなり、演出家や俳優たち個人の挑戦と手法上の成果の時代錯誤の乖離は際立ったが、内容面では政治と演劇をめぐる問いに裏打ちされており、東京オリンピックの予感される文化政策的インフレーションをいよいよ察知してのことか、あえて空虚なアナクロニズムで古事記を上演する姿勢に通じる、制度内にがんじがらめになる公共劇場の演出家としての反骨精神と引きうけの産物であったことは間違いないと思う。■その後、このリアリズム路線は、宮城が長らく追求してきた反リアリズム路線と合流して、奇妙な成果をもたらすことになった。2016年『黒蜥蜴』の第一幕である(ちなみに二幕以降は凡庸で特筆に値しないとぼくは判断する。船壁に石ころを投げて黒蜥蜴の所在を知らせる、歌舞伎的な空間情緒を省略しなければ新たな可能性がひらけていたかもしれないのは残念でもある)。反リアリズムといえば身体のオブジェのような制御は様式性を感じさせるが、しかし音声言語は決して物理的な律動の操作だけでなく、リアリズム的に想定された虚構の主体との距離において、内面における情動や意志の躍動を示していた。タイトルロールのたきいみきはすでに2009年『夜叉ヶ池』(初演2008年)の白雪姫役で演技主体としての自己の内面を発見しかけていたが、『黒蜥蜴』第一幕で音声言語の物理的な音とリアリズム的な演技主体の乖離を、その距離において巧みに操作する演技法を自覚的に提示したように思われる。■ク・ナウカからSPACへ移行した演出家宮城聰の演技論に注目してその変化を概観した。まとめると、ぼくがク・ナウカに感じていた音声言語の共同性の超越した暴力と、聴覚と視覚の劇的対立は、SPACの活動において、劇団で蓄積された集団性をいちど解体し二人一役の手法を禁じたことによって、共有の無意識と劇的対立の支柱を失い、べつの方途へ展開した。1)物理的な音と動きに還元される美的操作としての演出、2)結果的に1)の枠内におさまるとぼくは判断したが可能性として「弱い演劇」による超越から個人への音声言語の到来の試行、3)祝祭音楽劇の系譜、4)古事記の古語を音声言語化する歴史の超越への傾斜、5)リアリズムの演技論における演技主体の自己の内面の発見とその反リアリズム演劇への応用。■ようやく劇場の方針としての多文化主義と教養主義について書くことができる。何がいいたいかといえば、これら宮城聰の演技論の変化を前提にすると、以上の1)から5)までの方向性のいずれにおいても、音声言語による情動と意志の空間というぼくが演劇に求めた特質は、超越した暴力とその異化という実質を欠いて、それぞれの方向性の上演の質とはべつに、まぎれもなく空虚であるがために、表層的な次元での耳ざり眼ざわりのよい子どもだましの戯れの演劇を脱することができずに、多文化主義と教養主義というイデオロギーを担ぎあげることに寄与するだけの公立の道具になりさがっている、とぼくは感じているのである。■音声言語による情動と意志の空間とその異化という課題は、実質をともなったべつのかたちで展開されなければならない、と考えずにいられない。演劇の共同性を何に求めるかが問われるわけである。ク・ナウカ時代には集団の蓄積によって共有の無意識による超越性が具体化されていたのだが、SPAC時代には超越性の実質をつなぎとめる根拠を失い、上記の区別でいえば2)~4)に代表される可能性に展開していった。1)と5)は技術的にどこまでも洗練される可能性はあるが、それは職業演出家としての仕事となるだろうから、2)~4)に見られる超越性への志向こそク・ナウカ時代の遺制がかたちを変えて展開したもの、つまり宮城聰という演出家の個性だとぼくは考えている。ただしどれにおいてもぼくの評価は低くならざるをえない。公立劇場(ここでは公共劇場といったほうがいいかもしれない)という制度を前提とする以上、異化を必要としないほど去勢された、超越性による共同性は、どれだけ上演の質が担保されても、集団性の音声言語のもつ情動と意志を本質的に変質させた、ぼくの価値判断でいえばまぎれもなく「骨抜きの」演劇でしかないからだ。どれだけ上演の質が担保されても、ここで子どもだましのそしりを逃れるのは難しい。■では演劇の共同性を何に求めるのか。そこで同時代性という切り口がヒントになるのではないかとぼくは感じているのである。音声言語による情動と意志の空間とその異化という演劇の課題は、同時代性において「骨格」を与えられるのではないか。「現在の日本社会をよく見て、それをあつかえ」などと以前に書いたのは、社会反映論的な創作という意味でなく、同時代性を感じさせる創作を追求するべきだという直感をもったからだ、と言いかえてもいい。それは多文化主義や教養主義というイデオロギーの色眼鏡をかけているうちは追求されえない。「世界の名作」を上演すれば誰も文句を言わないだろうが、公立劇場という制度のなかで、超越性とその異化という演出家宮城聰の特性が実質を失わざるをえなかった以上、文句を言われないそれが退屈極まりないものに容易に転落しうるとも指摘しなければならないのだ。イデオロギーに居なおるかぎり、時代の空気を吸引できないのだから、同時代性から遠く離れてゆくのは自然のなりゆきである。しかしそれは音声言語による情動と意志の空間とその異化という演劇の課題をイデオロギーに奪われる以上の意味をもちうるのだろうか。そこに集い現に形成されるひとびとの共同性をぼくはうすらさむいとしか感じていない。ぼくが理想とする、演劇を求めているひとびとの共同性ではない、と感じるのが、ぼくの感性の率直な表明である。■同時代性による共同性を実現するための具体策はかぎられている。何よりも新しい言語による新しい戯曲を書くことだ。ぼくらが生きているこの時代の嗅覚をもってして、時代の感性をとらえ、問題をとらえ、息苦しさをとらえ、生きられた情動と意志を演劇言語に転換する劇作家の仕事が、SPACには決定的に欠けている。ここで「骨格」は、劇団の集団性の蓄積だけでなく、観客の想像力の集団的な関与によって与えられるだろう。同時代性において、音声言語による情動と意志の空間は、観客の想像力の集団的な関与を誘発し、その想像力の現実へのおしだしによって危険を感じる観客は切実に異化を求めるようになるだろう。新しい演劇言語によって公立劇場を同時代性に基づく共同性の場とすること。同時代性は、多文化主義や教養主義といったイデオロギーを介在させるかぎり(反対に国粋主義や地域文化主義といった特殊文化主義や経験主義でも同じく)接触することのできない集団性の実質を、演劇のもつ情動と意志の空間にあたえることができるのではないか。演劇の音声言語のもつ情動と意志の集団性をごまかさずに画策すれば、そこから導きだされる固有の演技論も自然な理路として探求されるのではないか。この方向性において、ぼくにはまったくといっていいほど納得できない既成の演劇の公益性なるものを、嘘つきや方便の語りから克服して、志と齟齬のない語りへ回復しなければ、創造型劇場に仮に未来があっても、ツマラナイものでしかないとぼくは考えている。■公立劇場における多文化主義や教養主義を批判するさい、ぼくが自身の社会思想的立場から主張しているのではないことを、これで説明したことにさせてもらいたい。


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# by ninpu_ninjya | 2016-12-07 21:47 | 演劇 | Trackback | Comments(0)

イメージと抵抗と

■見たのを忘れて何度もDVDを借りてしまう映画ってありませんか。ぼくのばあいデヴィッド・リンチの『デューン/砂の惑星』がそれ。先日また借りてしまった。ポール・アトレイデスが角ばった特殊フィールドで決闘の訓練しはじめて「あれ見たことあるかも」って思って、ハルコネン家の空飛ぶデブが出てくるあたりで「なんか知ってる」ってなり、惑星アラキスのでっかいちんこみたいな巨大生物が出てくるところで「ああ前に見た見た!」とようやく気づく段どりをもう何度くりかえしたことか。■SF界隈ではよく知られた原作のファンでもなんでもなく、デヴィッド・リンチから入ってるもんだから、のちのリンチの作風の印象からさかのぼられた『デューン』のイメージが勝手に頭のなかにあって、実際にできあがった映画を見ても、勝手に思いこんだ先入観が消えさらないんだよ。数年経って見たのを忘れて、レンタルショップのSF棚の前に立つと、「そういえばリンチの『デューン』って見てなかった」と思うわけさ。何度でも。数年後にまた同じことしてるに違いない。ぼくの頭のなかのリンチの『デューン』は永遠に撮られないわけだから。『マルホランド・ドライブ』や『インランド・エンパイア』みたいな『デューン』なんだけどね。■デヴィッド・リンチって最近映画をつくってないんですね。あれほど知名度のある監督でもお金を集めるの難しいのかなと思ったりするけど、なんだかんだぶつぶつ文句いいながらもリンチの映画って見たいよね。見たくなるよね。■たしかミヒャエル・エンデの父さんの画家のエドガー・エンデが特殊な瞑想法で絵画の基本になるイメージを探りあててたはずだけど、あのエドガー・エンデのイメージの探り方はずっと引っかかっていて(なんの本で読んだかおぼえてない)、真似しても誰にでもできておもしろいイメージを捕まえられるというわけではないと思うけど、独自の瞑想法をもってるらしいリンチも似たような作家として考えられるかもしれない。■ぼくの記憶によると、エドガー・エンデは部屋を真っ暗にして長時間そのなかにいて頭に浮かんでくるイメージをスケッチするんじゃなかったかな。そのなかから本格的に絵画へ仕あげるイメージを選別するってなことを言ってたような。エドガー・エンデはシュルレアリスムの画家ってことになってるしその通りだと思うけど、彼が生きた時代状況を考えると、イメージによる抵抗、といってしまうのは乱暴だけど、少なくともイメージが抵抗の根拠になることがあったんだなと思わせてくれる。■いまリンチにはそれができると思うし(できると確信をもっていえる作家を想像してみて。そう多くないのでは?)、求められてさえいると感じるけど、なぜか撮るべきひとが映画を撮っていないね。■勘のいいひとはこのはなしが先日書いた『この世界の片隅に』に通じてることに気づいているよね。あれは抵抗の根拠を戦争に奪われる映画だから。奪われてもその代替を得られる幸せな生活があるという平凡な理想論を理想的に描いているだけだから、書きだすとイライラしてくるんだけど、ぼくはやっぱり納得できないわ。教育映画であり、一種のイデオロギーとして物語が組み立てられていると思う。全然評価できない。そんなものはテレビでやればいいのに。ぼくの見た回は観客の年齢層高めだったけど、そのあたりの実態調査はないからね。戦後平和教育へのノスタルジー以上の何かなのか、ぼくにはわからない。貧困層の切迫感に拮抗する映画だとはとても思えないし。のん気すぎるもん。「戦争のなかでも健気な生活があった」なんて感想を見聞きするに、いくら消極的にいっても「反吐が出る」でしょう。深く見える反戦思想らしきものを折りこんでもそういう映画だよやっぱり。思いだすとどうしてもイライラしてくる。まあぼくは金ないなか映画館で見たから嫌悪感ハンパないんで、そこんとこ差し引いて読んで。■リンチに戻るけど、すごく好きなシーケンスがあって、『イレイザーヘッド』でベッドの下を必死に引っ張ってる女のこ(たぶん女のこだったと思うんだけど。いやおばさんだったか)がいて、何してるのかよくわからないんだけど、同じ動作をくりかえすうちに、たんにベッドの下のトランクケースを引っ張りだしてたってことがわかるのね。あのシーケンス(シーケンスの言葉の使い方間違ってるかもね。複数のカットなのかワンカットなのかも記憶はあいまい。あるいはベッドの下を引っ張るカットとカットの間にサイドテーブルか棚かなんかのカットが挟まっていたかも。あわよくばそのテーブルか棚のうえのコップの水に波紋が広がったりして。いやそれもぼくの記憶の創造かもしれないけど)を時々なぜかふと思いだすんだけどね。それだけなんだけどね。こっちのほうがよっぽど反戦じゃないかって思うことはあるよ。■想像力という言葉が一般化してしまって、あの時代のひとたちがどうしてイメージにこだわったかってことが忘れさられようとしているのかも。あの時代のひとたち、と書いて、ぼくは戦後を思いうかべて、もっというと大江健三郎を思いうかべていたけどね。小説でももちろんイメージの問題はあるから。世界や社会に振りまわされないために、個人の深さのしるしとしてイメージを基点にしようと考えた作家たちはいたはずよ。どの分野でも。『この世界の片隅に』はそのあたりの事情をたぶんよく知っていてあえて残酷に軽やかに乗りこえるわけだけど、アニメ作家としてどういう理屈でそうなってるんだろうね。観客対象は作家とか「特殊な人たち」じゃないってことなのかな。イライラがおさまらずにまた書いてしまったけど、あの時代をありのまま描くなんてどの道できない相談だから、戦時の生活を戦争への評価抜きで描くってのがこれなら、その実態はただのかわいい子をめでる映画でしょうよ。いくら日本のアニメの最高峰の技術を総動員してつくっても、やっぱりそれはどうなのってならないのかな、アニメ業界では。前記事で批評価値は技術論に収れんすると書いた理由です。■イメージの源泉ってまだじぶんのなかにもあるだろうか、という問い。最近、知りあいの小説家に、むかし書いたイメージによって構成した小説のことを好意的に言われて、反芻していたのもあってね。そんなことが気になってる。


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# by ninpu_ninjya | 2016-12-03 08:07 | 社会 | Trackback | Comments(0)

■前回までの連続投稿がかたい記事だったので、通常運転に戻しまして、口あたりのいいはなしをしたいんですけど、思いつくのはアニメ映画『この世界の片隅に』くらいですね。■書かなければいいのに、と思いながら、書きはじめてますけど、この映画、ぼくには、世間で騒がれてるほどには肯定できないのよね。愛される映画だろうと思うし、草の根的に支持が集まるのをいいことだとも思うけど、ぼく自身はどうも肯定できなかった。アニメーションがこういう方向にいくのを、あんまりいいと思ってないんだよね。そのことを書いておいてもいいかなと。■いっけんした印象は、正直にいって社会主義リアリズムだよなと思った。舞台となる戦前の広島や呉の街並みを相当に緻密に再現しているらしく、それらの背景だけでもぼくには圧迫感があって、なんといったらいいか、本当は口語的に書くのが難しい質感なんだけど、一般的見解としての客観を想定してしまった世界の、有機的でない感触があってね。当たり前なんだけど、実際に存在した当時の街並みを再現しているのでね、資料的価値はあるんだろうけど、空間が現実的なわけよ。でもぼくはそれを現実的と感じないんだよな。背景だけでなく、挿入される生活描写のシーンにしても、当時の生活をかなり知識として見せられている感触があって、啓蒙的だと感じてこそばゆかったし、生活を描くってそういうことなのっていう疑問がひっかかって。宮崎駿が『未来少年コナン』で描いたハイハーバーってまちの生活描写に感じる啓蒙臭と同じ類のもの。一種の思想の反映かもしれないけど、『コナン』はあからさまに共産制的だったけど、『この世界の片隅に』はおそらく創作姿勢としてそうなってしまっているのでよけいやっかいかもしれない。作家の思想と考えていいのか、作家が乗りこえるべきものを乗りこえていないのか、どちらかわからないようなものとして、生活描写が出てしまったという感じをもった。いやそこまでいうと失礼かな。もっと率直に啓蒙を選んだのかもしれないね。■主人公すずが結婚して夫との関係を変化させていく人間描写や、義理姉との関係の、人物の細かい動きによる心情表現も含めて、その意味での生活描写はいいんだけどね。人のまわりにまとわりついている情報の片りんがいろいろとあって、主観から探られる客観ではないなっていうのが見えちゃうのよ。各場面をコント風にまとめているから、場面ごとの小さな主題みたいなものがよけいに気になったのかもしれない。■ぼくはこの世界を客観的に存在している物理として漠然と感じているし、ふだんの生活でそれを疑うことはほとんどないけど、表現における客観っていうのは、物理としての客観をさきに想定するものではなく、主観を通して探りあてられたさきに広がってるものなんじゃないかな。取材や資料によって集めた情報を寄せ集めることとは違うと思うんだよね。この映画が特別に資料集めに力を入れたのは確かだろうけど、じゃあほかのアニメがそうじゃないかって言ったら、たぶん『この世界の~』ほどでないにしても、相応の資料は参照されてるでしょう。何がいいたいかっていうと、一般的見解としての資料の客観と創作における客観をどういう関係でとらえているかという、創作における根本精神の問題なんだよね。そこに反発を感じた、と言いかえてもいいかもしれない。広島を描く以上、当時の広島をできるだけ忠実に、というのも作家の倫理だと疑わないけど、この映画に対する感じ方の分かれ目だとは思う。■物語もアニメとして扱うから特異に思われるかもしれないけど、もっと視野を広くとれば平凡だよなとぼくは思ったな。平凡であることに価値をおく作品なのでそれでいいんだけど、だから草の根的に支持者が増えるのはいいと思ってるけど、批評的価値は主に技術論に収れんするような作品なんじゃないか。アニメの技術論になればぼくには語る資格ないからいえることがない。■あえて物語の切り口から拾えるものがあるとすれば、戦争の扱い方や家族形態の問題だけど、このくらいなら言説のほうがさきを走ってるから、あと追いの印象になっちゃうし、あんまり驚きはないよね。むしろ民話の残酷さや偶然性に通じる味わいのほうがはるかにこの映画のよさになってると思う。■そしてやっぱり言いたくなっちゃうのは、これって中学校の特別授業とかで見せられる類の教育映画だと思うんだよな。ぼくは高校卒業まで中国地方で育ってるので、広島長崎関連の平和教育をみっちり受けた自覚があるけど(なにせ小学の修学旅行が広島、中学が長崎だし、被爆者の体験を聞く授業はいまだに記憶にある)、それ以上の何かを与えてくれる作品ではなかった。■だからかえって気になっちゃうのは、この映画がいま支持されるとしたら、やっぱり時代が変わったからなのかなと。戦後民主主義的な、平和教育的な感触のものが日本社会からなくなってしまったがゆえに、あらためて支持されているのかな、という感慨はあったよ。もちろん平和教育も現在風にアップデートされてるし、啓蒙臭はそこはかとなく漂ってるだけなので、木下惠介『この子を残して』や新藤兼人『さくら隊散る』みたいなストレートな主張じゃないんでビビる必要はない。誤解をおそれずにいえば、原爆の映画って本来ものすごく怖いから。■そういう意味では、じぶんにもし子どもがいたら教育として見せるかもしれない。優しさのきわだつ映画だった。


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# by ninpu_ninjya | 2016-11-26 09:26 | 映画 | Trackback | Comments(0)

■連続記事を以下にまとめました。■題名は衒学的でいっかんして抽象的に考察しましたが、内容は見かけより常識的で、広範囲にわたって具体的な連想をめぐらせられると思います。■長らく宿題になっていたことを書けた気がしています。興味をもってくれる読者がどれだけいるか、心もとないですが。

「自立幽体の成仏とは何か」

1:自立幽体

http://nin2pujya.exblog.jp/23630313/

2:勧誘現実

http://nin2pujya.exblog.jp/23632167/

3:架橋の親和性

http://nin2pujya.exblog.jp/23634628/

4:虚構の聖性顕現

http://nin2pujya.exblog.jp/23646825/

5:自他傷の郷土

http://nin2pujya.exblog.jp/23650821/


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# by ninpu_ninjya | 2016-11-26 07:37 | 雑感 | Trackback | Comments(0)

自他傷の郷土

■架橋の親和性を否定すること。これが自立幽体の成仏である。しかしそれは自己を抹消しなければ実現しないため、代替行為として制度的な死を実行する。その具体的現象が芸術、宗教、革命である、と書いた。そこで仮定される装置は虚構の聖性顕現であった。この装置のなかで自立幽体の成仏を疑似体験できるひとは現世的に幸福でありうるだろう。彼ら彼女らはすでに「救われている」。しかし、虚構の聖性顕現による自立幽体の疑似的成仏はむしろ架橋の親和性を補強することと表裏一体であると指摘するならば、この「救済」からこぼれおちてしまう「救われない」ひとたちへ目を向けないわけにいかない。彼ら彼女らは現世的に幸福ではないかもしれないが、この考察で求めている現実主義を誠実に生きている可能性があるからだ。■芸術、宗教、革命と書いたが、死の代替行為はほかにも多様にありうるだろう。既成の概念におさまらない形態で社会化されていることもあると思う。しかし虚構の聖性顕現に満足できずに、心身にみあった死の代替行為を見つけることができず、ついに死そのものに接近してしまうひとびとがいるはずだ。それは暴力そのものとして現象するに違いない。死そのものまでおりていけば、語りえない次元に入ってしまうので、ここではその一歩手前、自傷行為と他傷行為にとどまりたい。自他傷行為は、現実主義とロマン主義の乖離に苦しむ、言いかえれば架橋の親和性に苦しむ自己意識が、死の代替行為を見つけられないとき漏出させる暴力であると考えることができる。やむをえず自他傷行為におよぶ者は、自立幽体を疑似的に成仏させる方法を持たない。環境上目の前にその装置がないという物理的条件もさることながら、この考察の読者には明らかなように、自立幽体の疑似的成仏の装置である虚構の聖性顕現の虚構性を遠くからでも敏感に感じとって陳腐だとわかるし、近よっても冷めてしまって乗れないからである。架橋の親和性が現実主義とロマン主義のらせん的展開を意味するとすれば、それは共同性のひとつのあり方だから、架橋の親和性に苦しむ自他傷行為者は共同性に包摂されない者を意味し、孤立化せざるをえない存在でもある。■この場合、思考の経路は通常、個体のなかの絶対者へ向かう。物理的に用意された制度としての虚構の聖性顕現に頼らずに、内なる絶対者へ帰依することで現実主義とロマン主義を高次に統合し、自己意識の安定をはかるのである。架橋の親和性は深い次元で温存される。それは個別具体的な宗教の形態をとらなくても可能である。そのように自他傷行為を克服した者は、結果的に、虚構の聖性顕現の力を借りて架橋の親和性を安定させた者と変わらない。だから自立幽体の成仏、架橋の親和性の否定にこだわるこの考察にとって、内なる絶対者の仕組みを明らかにすることは目的になりえない。■ここで見なければいけないのは、虚構の聖性顕現にも内なる絶対者にも抱かれずに、架橋の親和性にただ翻弄される孤立者である。自他傷行為を日常化させ、それ自体を個別の小宇宙と化した生活者である。むろんこの場合、自他傷行為といっても「軽い症状」であり、医学的基準でいえば決して深刻でない。それでもそこに確実に自他傷行為が蔓延していると感じられる、そういう小宇宙を生きている生活者がいるはずである。「軽い症状」の自他傷行為といっても蔓延させているのだから、架橋の親和性に苦しみながら死の代替行為を見つけられないわけだが、それでも死そのものまでおちこまずに小宇宙を維持している。■彼ら彼女らの小宇宙を自他傷の生活態とよぶ。素朴な生活に憧憬を抱いてこんな概念を持ちだしたわけではない。自他傷の生活態は、それが小宇宙であるかぎり他人から見れば相応に歪だろう。自立幽体の成仏は、自他傷の生活態によって先おくりされもするだろう。しかしいまや自立幽体の成仏は疑似的にさえ容易に達成されないことが明らかになったのだから、現実主義的でいることは、現実主義とロマン主義、勧誘現実と自立幽体に引きさかれ、架橋の親和性に苦しみながらの生存を効率よく乗りこえることはできない。架橋の親和性を否定するために虚構の聖性顕現や内なる絶対者へ頼るならばロマン主義的傾斜を強めてしまうのだから、自立幽体の束縛に息苦しさをおぼえながらも、遅かれ早かれいつか必ずやってくる自立幽体の本当の成仏を待って(それは死そのものだが)、耐える生活を想像しなければいけない。それが自他傷の生活態である。■虚構の聖性顕現も内なる絶対者も頼らないとなれば、自他傷行為は避けられないが、それが「軽い症状」であるうちは、他者からそのような対応を受けても、じぶんでそのような対応をしても、肯定したいと思っているのだ。きわどいことを主張しているのを自覚している。あえて抽象的に書いているが、具体的に想像してもらえば問題ないとは当然いえない。それどころか常識的にはおおいに問題があるだろう。それでもぼくは自他傷の生活態を肯定したい。勧誘現実と自立幽体の敵対や親和に苦しみながら、耐えられず自他傷行為におよんでしまうこと、それはロマン主義的傾斜を深めるよりずっといいのではないか。現実主義者として誠実なのではないか。■もちろん自他傷の生活態において両義的に引きさかれ息苦しさをおぼえている者でなければ、現実主義的に誠実であるとはいえない。自他傷行為に居直り、息苦しさを忘却するならば、勧誘現実を黙殺し自立幽体のみに依存したロマン主義者となるだろう。■現実主義的に誠実に引きさかれていれば、そのうち自立幽体の束縛それ自体が反復される喜劇として自己意識に浮上する時機がおとずれる。そのとき自他傷行為をくりかえす自己意識は、力の根源である架橋の親和性を嘲笑し、単なる身ぶりと化していることに気づくはずである。虚構の聖性顕現や内なる絶対者によって自立幽体の疑似的成仏を求めロマン主義へ傾斜するより、自他傷の生活態による自立幽体の喜劇化を志向してみたいのだ。それは身ぶりの空転であり、死の代償行為になりそこねた燃えかすのようなものである。半面それは自他傷の生活態の反覆から抜けだせる契機でもあるのだから、瞬間の夢を見させてくれる輝きでもある。以前にべつの批評文で生命のポリフォニーという言葉で表現したのは、これに近い。自他傷の生活態に落ちこんだ自己意識が、それを反復するうちに、いつしか力の根源を失って、身ぶりの空転に変化する。そのとき新しい生活態の夢が、瞬間、流星のようにはしるのだ。そのはかない夢を、死にかけの人間を生かしめてくれる生命のポリフォニーだ、と書いたのである。■この考察を書きながら、生命のポリフォニーに着地する確信を深めていったが、実現した以上、もう終わってもいいのだが、現実主義者の条件を置きざりにするわけにはいかない。ここで考察の全体をまとめよう。■内的機制の相対物である勧誘現実によって内的機制は破壊されるが、破壊された内的機制は自立幽体として観念化される。現実主義者は自立の根拠を勧誘現実におき、ロマン主義者は自立の根拠を自立幽体におく。勧誘現実と自立幽体は敵対物のようだが架橋の親和性によって共同性を保っている。よって現実主義とロマン主義はひとりのひとのなかで両立する。現実主義者はこの乖離に苦しみ、自立幽体を成仏させたい。自立幽体の成仏とは架橋の親和性の否定である。それは自己の抹消(死)およびその代償行為によって実行される。死の代償行為としての芸術、宗教、革命は、虚構の聖性顕現という装置である。またこれに頼らず、内なる絶対者へ向かう場合もある。虚構の聖性顕現や内なる絶対者によって疑似的に成仏を実現させると、かえってロマン主義的傾斜を深めることになるため、現実主義者にこれらの手段は不似合だ。そこで死の代償行為を見つけそこね、自他傷行為におよぶのだが、その生きられる小宇宙が自他傷の生活態である。自他傷の生活態はそれ自体では架橋の親和性を否定することになりえないが、反復するうちやがて自他傷行為の力の根源を失い、それ自体が喜劇になり、喜劇のうちに新しい生活態のきざしが見える。生命のポリフォニーである。現実主義者は自他傷の生活態の喜劇化によって架橋の親和性を自ら生き、自ら嘲笑の対象とする。■最後につけくわえなければいけないのは、自他傷の生活態を選ぶ現実主義者の超越についてだ。現実主義者になんらかの超越があるならば、それは、いつまでも自他傷の生活態を続けられる驚くべき愚鈍さと不器用さにおいてほかにない。考えてもみてほしい。自立幽体に束縛されながら勧誘現実に吸引されるのは息苦しいことなのだ。虚構の聖性顕現や内なる絶対者によって制度的な死を演じ、ロマン主義的に傾斜したほうが、はるかに効率よく生きられるだろう。自他傷の生活態を選ぶ現実主義者にはそれができない。その愚鈍さと不器用さ。世の中の時間の流れから遠く離れて、自己意識の束縛に視野を狭められ、淀んで歪んだ時間に耽溺していられる、この愚鈍さと不器用さこそ、現実主義者の超越であるといえなくはない。誰とでも共有できる行儀よくしつらえられた時間を受けいれず、自己意識の淀んで歪んだ時間にさしつらぬかれて身動きがとれずにいるのだから。しかしそんな超越など当人に意識されているかわからないし、自他傷の生活態を反復していることさえその過程では不明瞭である。あるときそれが喜劇になる。ああこのときを待っていたのだな、とあとから知るくらいである。この超越が自他傷の郷土である。■現実主義者の条件はふたつ。勧誘現実に自立の根拠をおくこと。そして自他傷の郷土に立つこと。架橋の親和性の息苦しさは自他傷の郷土を舞台に喜劇になる。自立幽体の成仏はその果てにありうる。この考察が発見した現実主義者のふるさとである。


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# by ninpu_ninjya | 2016-11-25 21:24 | 雑感 | Trackback | Comments(0)